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松中信彦と工藤公康は確執あり?不仲の真相や退団理由も!

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工藤公康さんが中日ドラゴンズ監督に電撃就任しましたが、一方で松中信彦1軍打撃統括コーチが退団することになりました。

ソフトバンク時代、松中信彦選手は工藤監督と過ごしていた関係性だけに、ネット上では松中と工藤やっぱり仲悪かったんだとか確執があるのかなと言った声が続出しています。

実際のところ、松中さんと工藤監督は確執があるのでしょうか?

松中信彦と工藤公康は確執あり?不仲の真相や退団理由も!

福岡ソフトバンクホークス時代、松中信彦さんと工藤公康さんは工藤監督初年度の2015年の1年しか被っておらず、2015年は松中選手は開幕2軍スタートで、1軍での出場機会がわずか9試合になり、スタメンで出たのはわずか5試合でした。

工藤監督からすると晩年の松中選手は事実上戦力外になっており、松中選手は元三冠王としてのプライドとまだまだ若い選手に実力では負けていないという自負もあっただけに、当時工藤監督の起用法にかなり不満を持っており、態度にも出ていたという話です。

実際2015年のある試合で、松中選手はスタメン起用されたものの、工藤監督から試合途中に交代させられており、不貞腐れてそのまま自宅に黙って帰ったという話もありました。

工藤監督がそういうチームの雰囲気を乱す選手にはかなり厳しいことから、成績以外のそういった部分でも松中選手を評価していなかった可能性が高く、何かしらの確執があり、その年限りで松中選手は戦力外となったと思います。

あとやはり引退したプロ野球選手がよく言うのは、プロ野球選手は試合に出てなんぼの世界なので、いくら晩年で力が多少衰えているとは言え、試合に使ってくれない監督のことをよく思わないことから、松中選手自身も工藤監督のことをよく思っていない可能性が高いでしょう。

そういう意味で、松中信彦さんと工藤監督はあまり仲が良くなく、確執があると言っても過言ではないと思います。

松中選手は功労者だけに、球団フロントから引退勧告を受けて、引退後の生活なども考え、ホークスでこのまま引退した方がいいとかなり説得されて、引退試合や引退セレモニーも用意されていたようです。

しかし、松中選手は頑なにそれを断り、現役選手としてNPBの他球団からのオファーを待つ選択をしたことで、ソフトバンクホークスとも疎遠になってしまい、首脳陣として戻れなくなってしまったという話もあります。

他に、今回縁もゆかりもない名古屋で松中選手が中日ドラゴンズの1軍打撃コーチになれたのは、井上一樹前監督と親交が深く、強く入閣をお願いされたからです。

オファーを熱心にしてくれた恩師でもある井上一樹監督が退任したことで、松中コーチも必然的に退任という流れになったのもあるでしょう。

松中信彦と工藤公康まとめ

  1. 工藤監督とソフトバンクホークスで一緒になったのは初年度の2015年だけで、開幕2軍スタートでわずか9試合の出場と工藤監督の起用法に不満を持っていた
  2. 2015年スタメン出場はわずか5試合で、ある試合で松中選手は試合途中に工藤監督から交代を命じられ、不貞腐れてそのまま自宅に帰ったことがあるという噂
  3. 工藤監督はチームの和を乱す選手にかなり厳しく、松中選手の素行面も問題視していた
  4. 熱心に誘ってくれた井上一樹監督が今シーズン限りで退任することになり、そのまま松中1軍打撃統括コーチも退任となった

以上、松中信彦さんと工藤公康監督の確執や不仲の真相についてまとめました。

松中選手の打撃指導によって、ドラゴンズの若い選手が成長していただけに、今回のドラゴンズ打撃コーチ退団は残念でならないですね。

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